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広島高等裁判所 昭和40年(ネ)96号 判決 1966年6月16日

控訴人(原告) 清水義夫

被控訴人(被告) 吉原米穀株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し野村投資信託受益証券一〇六回二〇口、同一〇七回二〇口、津上製作株式会社株式五〇〇〇株を返還せよ。若し右返還が不能なときは、野村投資信託受益証券一〇六回二〇口については金八万八、六二〇円、同一〇七回二〇口については金九万六、五四〇円、津上製作株式会社株式五、〇〇〇株については金六一万円を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述<省略>は、左の一ないし四のとおり訂正、附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、<省略>

二、控訴代理人は次のとおり述べた。

控訴人が被控訴会社に対し商品売買委託をしたのは僅か八回<省略>に過ぎない。右委託に関し控訴人は訴外永瀬市次に対し何等の代理権を与えていない。仮に代理権授与行為があったとしても、顧客が仲買人の外務員に取引委託の総括的代理権を授与したことになり、公序良俗に反し無効である。なお、商品取引所法第九一条第一項は、顧客を保護する考えから、仲買人は登録を受けたもの以外の者に委託を勧誘させてはならないとしているところ、被控訴会社は登録を取消され単なる外交員に過ぎない永瀬に委託の勧誘以上のことをさせたのであるから、法の趣意からいって、その行為から生じた取引上の損失は被控訴会社が負担すべきものである。

三、被控訴代理人は次のとおり述べた。

訴外永瀬は被控訴会社の外務員であるところ、本来外務員の職務は取引委託の勧誘に限られているが顧客の中には外務員を信頼してこれに取引一切を委任し、その代理権を授与していたものがあり、本件委託も控訴人が永瀬を信用して継続的に取引委託をなすことを委任し、その代理権を授与してなしたものである。

右の如く顧客が外務員に代理権を授与することは、最近においては行政的に取締られているが、然しそれが公序良俗に反するということはない。又、代理権を授与された外務員の取引により損失を生じた場合、仲買人がこれを負担すべき理由もない。

四、<省略>

理由

被控訴会社は関門商品取引所の仲買人であること、控訴人が訴外永瀬市次の勧誘により、被控訴会社との間において、右商品取引所における上場商品の売買取引を委託する契約を締結し、その委託証拠金代用証券として、昭和三七年四月頃、野村投資信託受益証券一〇六回二〇口、同一〇七回二〇口を、その後更に津上製作株式会社株式五〇〇〇株を被控訴会社に預託したこと、右控訴人の委託にかかる商品取引の結果生じた益金を控訴人が受領した事実のあることは当事者間に争いがない。

<省略>

永瀬市次は昭和三六年五月頃被控訴会社の外務員に就職し、その旨の登録を受けていたが、昭和三八年六月末退職し、同年七月三〇日頃その登録を取消された。そして、控訴人は、専ら永瀬を通じて被控訴会社に対し前示取引委託をなしたものであるところ、永瀬の手によってなされた取引の内容は次のとおりである。(イ)当初控訴人の妻清水洋子名義を以て、昭和三七年四月七日より同年一〇月二日まで二四回に亘って手芒の売買がなされ、その結果一〇万八、〇〇〇円の損失を生じ、同年一一月六日証拠金代用証券である前記投資信託受益証券四〇口全部が処分されて、その代金が損失補填に充てられ、よって右名義による取引口座には右処分代金との差額四万一、三七七円の剰余金が生じ、(ロ)別に控訴人名義を以て、昭和三七年九月一八日より昭和三八年六月二八日まで二〇〇回近くに亘って手芒及び小豆の売買がなされ、昭和三七年一二月二四日には清水洋子名義口座の右剰余金が振替えられ、昭和三八年四月二三日には益金として八万八、五七七円が控訴人に支払われたが、結果的には六八万七、一〇〇円の損失となり、(ハ)なお、前記津上製作株式会社株式五〇〇〇株は、証拠金代用証券として被控訴人主張の如く昭和三七年九月一九日預託せられたものであり、又被控訴人主張の如き経緯で差換えがなされたが、結局右株式五〇〇〇株が未処分のまま被控訴会社の手許に存している。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで、永瀬の手によってなされた右取引委託が、すべて控訴人より授与された代理権に基くものであるかどうかについて考える。

控訴人は、取引はすべてその都度永瀬に指示することになっており、甲等五号証、甲第七ないし第一〇号証の仮売買計算書に記載された八回の取引のみが控訴人の委託にかかるものであると主張する。然しながら、始めに送付されたとする甲第七ないし第一〇号証記載の取引は、昭和三八年四月一五日の売りが最初である。したがって、前に認定したところに照らして考えれば、控訴人は、取引をなす意図を以て昭和三七年四月証拠金代用証券を預託し同年九月一九日には更にその追加預託に及びながら、満一年間取引成立を見るが如き指示をせずして漫然と過ごし、永瀬が取引しているだろうとは考えてもみなかったことになるので、控訴人の右主張は常識上不可解といわざるを得ないし、殊に、右計算書には取引番号として最も若いものでも二三の記載があり、差引欄には既に損益繰越金の記載があるのであるから、控訴人においてこれを受領したとき、既に他の取引があることが判明したであろうのに、その頃直ちに被控訴会社に異議を述べた事実のないことは本件各証拠によって明かなところである。かような点から、計算書記載の取引以前に永瀬の手による取引があることは控訴人の知り且つ容認するところであったと考えられる。更に、後に送付されたとする甲第五号証記載の取引は昭和三八年六月八日の売りであるが、取引番号も一〇四であってさきに送付された計算書のそれと継続していないし、差引欄の損益繰越金金額も一致していない。控訴人においてこれを受領したとき、その間他の取引があったことが判明したであろうのに、これを理由に直ちに異議に及んだことのないのは前の場合と同じである。しかもその間証拠金代用証券の差換などの挙に及んでいる点からみると、引続き取引があることを諒知していたと察せられる。なお、控訴人は永瀬がかって証券会社に勤めていた時は、これに株式取引委託をしたこともある仲であり、かなり永い交際で、永瀬を信頼して本件取引委託に及んだものであることは、原審当審における証人永瀬市次の証言、控訴人本人尋問の結果によっても認め得るところである。そこで彼此総合して考えると、控訴人は永瀬の手腕を信頼し、取引の結果自己が損失を被むるに至るであろうことはないとの甘い予想の下に、永瀬が当初控訴人の具体的指示を仰ぎながら、後にはこれなくして取引委託をするようになったことを知り、しかもこれを容認したもの、要するに、同訴外人に対し商品売買委託を継続的になす広範囲な代理権を授与していたものと認めることができ、<省略>他に右認定を左右するに足る証拠はない。

仲買人に使用せられる外務員が顧客よりかかる広範囲の総括的代理権を授与されて、顧客の代理人としてその仲買人と取引することの望ましくないことは明らかであるが、そうであるからといって右代理権授与が公序良俗に反するとまでいえないことは、社会通念に照し多く論ずるまでもないし、かような場合、よって取引上生じた損失は仲買人の責に帰せしむべきであるという理は何処にもない。

以上の次第で、永瀬の手によって行われた取引の結果はすべて控訴人に帰属し、控訴人は現に被控訴会社に対し六八万七一〇〇円の損失填補債務(立替金支払債務)を負担するのであるから、それを支払わない限り、一種の質権設定をなした関係にある委託証拠金代用証券の返還を求め得ないものというべく、結局右返還ないしはその代償を請求する控訴人の本訴請求はすべて理由がなく棄却すべきである。<以下省略>。

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